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『デジモンゴーストゲーム』第45話「幽霊新聞」:感想②

デジモンゴーストゲーム』第45話「幽霊新聞」の感想②です。

 

長くなったので記事を①②に分割しています。 

記事②は敵怪異デジモン(パブリモン)関連の話です。

 

■雑にパブリモンを殺して終わりの、あんまりにもぐうたらな作劇態度

パブリモンをあっさり殺害して終わったのがもう無茶苦茶です。いや、話は分かりますよ。パブリモンはどちらかというと自業自得で墜落死したのであって、ヒロたちが意図的に殺したというわけではないんですよね。話は分からなくないんですが、恐らく存在するであろう「殺して解決して良いのか(ガンマモンに殺害をさせたくない)」というテーマに対してあんまりにもだらしがない、ぐうたらな態度だと思います。

 

一応「ヒロはパブリモンを助けたかったんだ」という制作意図なのは分かります。じゃなきゃヒロが最後にパブリモンに手を伸ばした意味も、パブリモンが死んで暗い表情をしていた意味も分かりませんものね。

けど、制作スタッフはパブリモンをさっさと殺して終わりたかったしどうでも良かったという態度は見え見えです。だって、パブリモンを救うか救わないか、そもそもパブリモンが死ぬような戦闘の運びだったのかということにすら尺を使おうとしてませんからね。ヒロが普通の善良な主人公なら、そして一般的な創作技術がある一般的な水準のアニメなら、状況説明を兼ねて「危ない! このままじゃ地面に激突するぞ!」ぐらいは言うんですよ。ヒロが本当にパブリモンを救いたかったなら、普通ならまずそのような警告を発するはずなんですよ。テンポや話の流れの都合で前後したとしても、パブリモン死亡前にヒロに「危ない!」ぐらいは言わせておいて、パブリモンの死亡後に「(何を犠牲にしてでもスクープが欲しかったから)彼は、身を守りもせずに地面に激突して……」という説明台詞ぐらい入れてもいいと思います。

実際にはヒロに「危ない!」の一言さえ言わせないという、すさまじくエコな造りの展開となっています。たった一言のための尺さえ配分しない。(「もうやめろ」的なことは言ってたと思いますが「もうやめろ」にはパブリモンの命を案じるニュアンスが含まれません。状況的にも「もうやめろ」は「このままじゃお前(パブリモン)も死ぬからやめろ」の意味だとは取れないと思います。)

 

『ゴーストゲーム』って、初期からずっと尺の優先順位がおかしい気がするんですよね。何を置いても真っ先に尺を確保すべきじゃないか? というようなところを確保しない。何故か執拗に1話完結にこだわっているので(その縛り、足かせになってるんでさっさとやめれば良いと思いますけど……)尺が常にいっぱいいっぱいなのは分かるんですよ。でもそれで、

「助けてあげた仲間加入予定の子(ルリ)が、助けたヒロにお礼も言わない(第3話)」

なんて展開になってた時点で、初期からおかしかったと思うんですよ。そりゃあ「アニメにはなってないところでちゃんとお礼言ったんだろうな」ぐらいは善意で脳内補完しましたけど、優先順位がおかしいと思います。そういうのは「あれもこれも入れたいけどどうしよう、どれかは入りきらないな……」というときの選択肢にあげるものではなくて、先に尺を確保してから話を考えるレベルのものだと思います。

最近では、直前第44話の「赤錆」もなかなか酷かったと思いますね。使い捨てのゲストキャラに大した尺を割かないのは割といつものことですが、それなりに悩みがあったために結果的に怪異のきっかけの一つになってしまったゲストキャラを救済するための尺を用意していないのは冷酷だなあと思います。そのことについては第44話感想でも書きました。

haiironohon.hatenablog.com

 

今回の話だって、パブリモンを救うにしても結果的に殺害エンドで終わるにしてももっと丁寧に描写できたと思うんですよね……。前半の被害者パート(コタロウかミカちゃんのパート)の尺を圧縮するか、アイドルお料理対決の尺を圧縮するかはできたと思います。なんならバトルをちょっとだけ圧縮することだってできたはずだと思いますし、それで稼いだちょっとの尺でどうにかできたと思います。先述した通り、「危ない!」っていうヒロのセリフを一言足すだけでも印象が結構違うはずなんですから。

 

 

■ヒロの、非常にやる気がない「救いたい」意思

まあ……制作スタッフが下手だから歪んで見える、ってのはそりゃあるんでしょうが……。

 

ヒロってですね、マジで「『自分が』殺したくない」だけなんですよね。だらしなく殺してる実績があるので、その意思すら曖昧ですが。

基本的な思想の中心が「救いたい」じゃないんですよ。ヒロ自身がずっと言っている通り、「頼まれたら断るのが面倒くさいから助ける」という消極的かつ責任回避的な態度なんですよ。「殺すのはダメ、誰かが死ぬのはダメ(=だから助けないと)」っていう高度な倫理観で言っているのではなくて、「殺しまでするのは面倒くさい。勝手に死ぬぶんには自分が何かしなきゃいけないわけじゃないからどうでもいい」と言っているんだと思います。一貫はしてると思います。

 

 

これは『ゴーストゲーム』がどうと言うより、デジモンシリーズの運用としてどうよ? という観点での指摘なのですが……。

 

今回の怪異デジモンであるパブリモンは、明らかに既視感を覚えるデザインだったんですよね。検索してみると、『アプリモンスターズ』のレビューモンとコソモンに似ているという指摘があったので納得しました。そう言えばそんな奴いたな。

けど、パブリモンは新規のデジモンらしいですね。

アプリモンスターズ』はざっくり言ってデジモンシリーズの本流から外れた外伝作品であって、デジモンではなくてアプモンという名前のモンスターたちが登場し、一部のアプモンキャラは既存のデジモンのデザインを明らかに意識してデザインされているという、まあそんな感じです。

パブリモンもそういう流れだと思ったんですよ。パブリモンのデザインを意識してアプモンのレビューモンとコソモンがデザインされたという流れなのだろうと。でも、パブリモンが新規デジモンなら、当然流れは逆になって、レビューモンとコソモンのデザインを意識してパブリモンがデザインされたということになります。

 

ちなみにこの回、10月2日の放送です。

10月1日は『アプモン』の6周年だったそうです。

つまり、パブリモンの登場はアプモンを意識したものだったというのは否定しづらいわけですね。

 

そのパブリモンを露骨に雑に殺害する酷さ。

 

いや~~~~~……、ファンへの目配りの仕方どうなってんだよ。

 

今回の『ゴーストゲーム』が一番ひどいの、ちょっと前に「主人公サイドによる怪異デジモンの殺害」が解禁されたからそれでいっか的なノリで敵怪異デジモンの死亡エンドにしただろって思わせるようなずさんな作劇なところだと思ってるんですけど。
それを別作品モチーフの新デザインのデジモンで、その作品の周年記念日直近の回でわざわざやる酷さ~~~。

害獣としては他に酷すぎる連中が大量にいるので、比較するとパブリモンがそこまで死ぬべき害獣だったとも思えないのにわざわざコミュニティ投獄オチじゃなくて殺害エンドにする酷さ~~~。

まあ「こいつが死ぬなら他に死んだほうが良い怪異デジモンは山ほどいただろ」というパターンは『ゴーストゲーム』では全然珍しくないんですけど、露骨に別作品ファンサとして登場したキャラなのにがさつに扱っちゃうっていうのが、お前そういうとこやぞって感じですよねって……。だからお前今こんなマイナーシリーズなんだぞ、初代で『デジモンアドベンチャー』という大人気作品を出したという強力なアドバンテージがあったはずなのに今はファン以外には「まだやってたの? 知らんかった」レベルの認知なのはそういうとこのせいやぞ。そういうファンに対しての目配せの仕方がなってないようなところ……というか「その程度のこともできないところ(他の細かい気配りも当然できない)」がアニメ脚本とかも含めてもろもろに影響を出して、結局はシリーズ全体の人気にブレーキかけてるんやと思うぞ。

そういう意味ではエリスモンやメイクーモンも酷かったですよね。ファンにとっては恐らく特定の作品を思い起こさせるデジモンなのに、扱いはすこぶる悪かったです。通りすがりモブのエリスモンはさておき、メイクーモンの扱いは何か恨みでもあるのかって感じでしたし。どちらも自分が直接的には触れていない作品であることと、外伝で再登場が利かないと思われるアプモン(をモチーフにしたデジモン)といくらでも再登場が利くデジモン本流のエリスモン達では話が違ってくるので、エリスモン達のときには特にそこまで触れなかったと思いますが……

 

アプモンって、にわかでも分かるぐらいにはデジモン公式に『黒歴史』扱いされてるんですよね。例えば、下記。

これ、アプモンの楽曲はハブられているんですよね。パブリモンのことを調べていたら、この件についてアプモンファンが落胆していたのを知りました。……いや、この言い方も公平じゃない気がしますね。「特にアプモンの大ファンってわけじゃないけど、アプモンを除外するのは良くないと思う」というデジモンシリーズ全体のファンからの苦言のほうが数が多かったです(自分が見た範囲では)。

 

……主に『キャラや世界観が作品ごとにリセットされながら続く』タイプのシリーズ内で、作品による人気の格差が大きくなるのはありがちなことです。中にはファンから黒歴史扱いされるような出来の作品が産まれてしまうのも、それ自体は仕方がないことです。

でもだからって堂々と「ダメだったから黒歴史扱いしてしまえば良い」と都合よくハブったり、ときどき雑に「忘れてはないよ」的なツラをするために都合よく引っ張り出したりしちゃうそういう精神が、結局ひとつひとつの作品を真面目に作らない態度になり、新規を敬遠させてるんじゃないでしょうかね。『アプリモンスターズ』のファンサービス扱いで登場したのだろうパブリモンを作中でもトップクラスに雑に殺しちゃうような、黒歴史扱いされている作品にもファンがいるということを忘れている態度が、シリーズファンとして定着してくれる可能性があった人たちを遠ざけているんじゃないですかね。

身も蓋もないですけど、『ゴーストゲーム』は真面目に作ってないと思いますし、自分が見た作品なら『アプリモンスターズ』も序盤はさておき後半は真面目に作ってなかったと思いますし、冒頭だけ見た『デジモンアドベンチャー:』も真面目に作っていなかったと思います。噂を聞く限りでは『デジモンアドベンチャーtri』も真面目に作っておらず炎上して、『デジモンアドベンチャー LAST EVOLUTION 絆』は『tri』の尻拭いで手一杯だったように伝え聞きます。更には『アプリモンスターズ』の前の『クロスウォーズ』も公式には黒歴史扱いされることが多いとか。そうだとすると、デジモンシリーズは15年分ほど公式黒歴史作品または炎上作品しか無いことになる気がするんですよね。ずっと真面目にやってないんじゃないかと思います。いつ本気を出すんでしょうか。